GNH(国民総幸福量)によると?

海森 寄与師老です。以前の投稿で、何が幸せか?個人で違う、と書きました。デブで、寿命を縮めているとしても、それで幸せだと思えれば、それはきっと、幸せなのでしょう。【公】に媚びへつらうことを【無上の喜び】とする輩がいるのは残念ですが、『越後屋、お主も悪よのう!』と思われているのに、それで幸せだと思えれば、きっと、幸せなのでしょう。

GNH(国民総幸福量)の概念はブータンの前国王が唱えた指針ですね。詳しくは調べていただきたいですが、経済的発展≠幸福、なのでは?ブータンは経済的発展の途上だが国民は幸せと感じている、ことからきたものです。日本は高度成長期の、’52年~’76年の25年間でGDPは7倍以上になりました。この計算式(内容は割愛)によると、GNHは変化なしなのですよ。つまり、経済的ファクター以外の積は1/7になったということです。

夷隅郡市でいえば、コジャレたホテルが立ち並ぶことが地域の幸せなのか?たくさんの観光客が訪れて海が汚れることが幸せなの?そもそも、たくさんの観光客が訪れても、金を集める能力が地域の者にあるか?そんな能力を身に付けた、ガリガリ亡者になった田舎者が幸せなのか?世捨て人の様な余所者がたくさん夜中に俳諧する様になる地域が幸せなか?私と全く逆位相の方向のことを述べる方もいらっしゃいますが、それは地域のことを知らない、思っていない者の意見です。この部分は沖縄本島と共通しています。

沖縄本島は人口1,000,000人、それに対し、訪れる観光客は延べ5,000,000人/年も。しかし、沖縄県の経済状況は国内最下位で、渇水期に節水している時もリゾートホテルのプールに水がなみなみ。世捨て人の様な余所者がたくさん夜中に俳諧し治安も悪い。残念ですが、米軍基地問題とも相まって、沖縄本島のGNHはかなり低いと思われます。それでも幸せそうに暮らしている沖縄県民に頭が下がります。夷隅郡市に置き換えると人口80,000人に対しその5倍の400,000人が訪れたとしても、経済発展なんて望めないだろう、だったら田舎のままの方が幸せだ、が本音でしょう。私もそう思います。外房線が電化された’72年~’80年頃までは、どこの海水浴場でもイモ洗い弁天状態でしたよね!しかし、その頃豊かだったですか?臨時列車をたくさん走らせた国鉄や、外房線駅前の商店、民宿と旅館は良かったでしょうが、地域全体のことではなかったですよね。

P.S 私は’11夏休みに近所の子供とプールやサーフィンに行きました。子供と遊ぶのに、とっても良い地域です。治安も良いし、(自然的に)遊ぶところもたくさんで。このままでも、幸せだと思います。夷隅郡市ならGIHですかね?GOH(御宿)でもGKH(勝浦)でもいいですが。地域興しで盛り上がる方々がいる他方で、田舎のままで幸せだ論も多く、1枚岩にはならないのです。意見の相違がある者同士も、【何処の誰兵衛】か解っているため、相互監視の力学が働き事件にまで発展しないのです。私は普段、田舎でもない、都会でもない、栃木県の県庁所在市にいますが、のべつ幕なし殺人事件が発生していますよ!半端な都会になる位なら田舎のままの方が遥かに良いです。

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