【新規】台湾の嘉義の名前の由来のこと

海森 寄与師老です。台湾中部に嘉義(チャーイー/中)(かぎ/日、台)という市と県がありますね。鉄道マニアには阿里山森林鉄路の基点といえば解ると思います。この5月の台湾行きは未だ1部が寸断されているとのことで訪れませんでした。市内、県内を北回帰線が通っています。

既に亡くなりましたが、私の叔父貴(私の親父の年子の弟)は国鉄に勤めていたのですが、その後独学でボイラーを勉強し経営者になりました。’50年代末頃に何度か台湾に仕事で行き、嘉義(市か県かは不明)に滞在した様です。蛇足ですが、嘉義県知事は猛烈な美女なんですよ。オヴァさんですけどね。

清朝乾隆51年に林爽文の乱が発生したものの、地域の軍隊と民衆が町を守り抜いたことから、清朝が、【その忠義(義)を賞賛(嘉)する】ということで嘉義という名前になったそうですね。私の叔父貴はこのことを聞きかじっていたのでしょうかね。私が生まれた時に出生届けを出してくれたのは、遊びに忙しかった親父に代わり、叔父貴だったそうです。

私の叔父貴は、私を嘉義という名前にしたかったそうですが、祖母さん(親父のお袋)が、それでは完全に台湾の名前だし、読みの理由もあり変更した様です。夷隅郡市のリーダー(当時はそうだったらしい?)大多喜町から1文字取り、差し替えたのです。大原町だけではなく、夷隅郡市全体を故郷だと思う人間になって欲しいという理由だったそうですがががが。

P.S 残念ながら夷隅郡市内で大多喜町だけは故郷だとは思えない私です。その理由は何時か別の、【投稿】をします。

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