暴れん坊と柔道ともんじゃの関連?

海森 寄与師老です。保育園の年長の夏、5歳の時です。私より2歳年上(小学校2年)の子と喧嘩し空手チョップ(力道山の影響の残る世代)を脳天にお見舞いしてやろうとして、ずれて右耳に入りました。この現場は新田野駅の県道側(現在の国道465号)でした。

しばらく普通に喧嘩を続けたのですが、取っ組み合いになった時に、血だらけになってきました。相手の子の右耳が半分削げていました。急ぎ、その子の家まで送っていったら、家人は絆創膏で右耳を固めただけで、『2歳下の子に、こんなんサレてのぉ!にっしゃ、意気地がねーのぉ!』といってその子を小突きはじめました。見ていられなくなった私は、とりあえず謝って、自分の家に帰り、その話を親にしたら、『お前は暴れん坊過ぎるから、小学校に入ったら柔道場に入れる!』といわれただけ。何日か過ぎて、相手と遇ったら、耳はくっついていましたよ。曰く、『お前が小学校に来たら、いじめ返してやる!』、私曰く、『俺、東京の小学校に入るから無理!休みで帰ってきたとき、また喧嘩してやるよ!』と会話を最後に遇わなくなり、44年が過ぎました。

【右耳削ぎ事件】のおよそ半年後に東京都江東区の小学校に入ったら、ホントに柔道場に入れられました。最初はイヤでしたが、その内、楽しくて、楽しくて、となって行きます。『武道で鍛えたら喧嘩はしてはいけない』と教えられるけど、子供ですから、理性の部分はまだ出来上がっていません。近所の喧嘩相手を駆逐すると、隣の墨田区に行ってまで喧嘩する様になります。それも小学校3年まで、小学校4年になると、ちょっとした柔道家になりますね。同じ道場に通う別の小学校の子と仲良くなりました。稽古でやりあうことと、かなわない時の個人的な悔しさ、が精神上で分離できる様になってきます。

小学校4年の秋(誕生日前の10月)同じ小学校の子たちと、【もんじゃ】を食べに行って、道場に納める月謝袋の中身を使ってしまいました。親は追加で払ってくれませんでした。道場から【破門】され、10歳丁度の誕生日プレゼントは、【空虚感】と【せち辛さ】でした。親と道場で打ち合わせがあったでしょうか?以後人生でズルするなとのメッセージだったのか?その後は、しばらくは悔しくて、【もんじゃ】は食べたくなかった思い出があります。東京都の下町では子供でも、【もんじゃ】に行かない=付き合いが悪い、評価になるので結局は行っていましたが。

P.S 【右耳削ぎ事件】の相手の子(今じゃ52歳の立派なおっさん)が活躍していることを、ひょんなところで知りましたよ。今度逢ったら、右耳の傷を見せてもらいたいと思います。また、手刀、とはよくいったもので、空手の心得はなくても、子供でも、あんなに切れます。事の重大さの割りに【何もない】様なオチですが、当時まだ独身で同じ家で暮らしていた、叔母(地域の人気者)が収拾を図った様です。未だにいわれます。『すまねったよぉ!』

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